近頃、スーパーマーケット巡りが楽しいのです。
たしかに家族を持つようになってからは、ずいぶん身近な存在になりました。
が、理由はそういうことではありません。
ここ数年、流通業のクライアントが増え、
売場で働くヒトの仕事ぶりに目が向くようになったからです。
しかも、店員さんの姿そのものを追いかけているわけではありません。
「お客様要望品」なんてPOPを見れば、そこに至るやりとりが見えます。
以前と違う棚の配置に、苦労のあとが見えます。
店の入り口に貼ってある催事案内に、客との距離を縮める努力が見えます。
精肉の横に何気なく配置された鍋用調味料に、戦略が見えます。
ヒトが働いているのです。
桜山の駅を降りて名古屋市立大学に向かう道に、
籐のカゴひと盛りの野菜、黄色の紙に手書き値札という昔ながらの八百屋さんがあって、
それも気になる。
なるほど「日常生活に寄り添う商売」(←弊社団塚の表現)。
おもしろいじゃないか。
最近、納豆の在庫が減ったり増えたりしました。
人々の暮らしに密着したフリをして
消費者・小売・製造業をだました愚かなペテン師が
マーケットをミスリードしていた罪は重く、ホントにヤな気持ちになります。
私たちは、前を向いて働く人たちの姿をきちんと正しく見せる役割でありたい。
スーパーのシゴトに興味をもってくれる若者が増えますように。