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お殿様が御自ら連絡をくださったがじゃ

その日、小生は体調が優れなかった。
季節はずれの悪寒にやられ、集中力を欠く一日であった。
夕刻になり、客先から長屋の店に戻ると、
女職方の『お梅』が慌てて駆け寄ってきた。たいそう興奮気味である。
「親方!たいへんですがじゃ!」
お梅の上気に背いて、小生は至極冷静に訳を聞いた。

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「親方!たいへんですがじゃ。
 つい今しがた江戸のお殿様本人から伝言があって、
 明日親方と直接会いたいと申しちょったきに!」

「何?お殿様? 将軍様に仕えちょるあの幕臣の御仁かの?」

「そうじゃき!直接電話があったがじゃ!
 殿であることを御自ら名乗られた時には狼狽してしもうたきに。
 私はお殿様と直接話したがじゃぁ!お殿様と…」


ほどなくして、江戸から再度連絡が入る。
本当に幕臣のお殿様である。


「そちの労を藩の大名から伺っておる。苦しゅうないぞ。
 伝文によれば、そちは江戸にも詰め所を有しておるようじゃの。
 可能であれば明日、城に参じてはもらえぬか」


幕臣が商人に命ずるには
相当低姿勢な物言いながら、明日登城せよとはいかにも強引ではあるが、
しかし、幕臣のからの打診を
まさか「拙者も多忙」と断るわけにもいくまい。
火急の用件であることも承知している。


様々な事情を押し退け
熱を患ったまま予定外の江戸へ向かう事態となったが、
幕臣の勤める城に行くというのは貴重な経験だ。
体調と裏腹に小生の心は躍った。


定刻より少し前に登城する。


城の大名たちが皆揃って席を立ち
こちらに向かって礼をとってくださっている。恐縮である。
まだ城に殿はいない様子だった。


幕閣会議が長引いているとのこと。
本会議より小生が優先されるわけがないことなど
犬でもわかるのだが、
畏れ多くも大名が小生に詫びてくださる。
上から目線がなく感銘を受ける。


そして幕臣が足早に現れた。
電視箱で見るあのお殿様そのものである。


分不相応にも小生は
顔見知りの幕臣が他にもいるのだが、
その御仁の雰囲気と圧倒的に違う。
それは出会ったこの場所が政の本丸であるからか。
いや。物腰柔らかだが、意見は明確でわかりやすいし、
初見にもかかわらず、
本音も語ってくださるからだろう。


とにかく、
この国を司る場所に立つ経験は、
学識をもたない百姓の倅である小生の人生で
貴重なものとなったことは間違いない。

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2010年5月22日 22:05に投稿されたエントリーのページです。

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