高校時代にもうひとつ
アルバイトしたのが看板屋だった。
思えば、ワシにとって
広告媒体(看板)による情報発信の
デビューワークってことか‥‥。
制作したのは、
ラブホテル『キャビン』の野立看板作成だ。
ブリキ板にレインボーカラーの地色を
ひたすらペンキで塗った。
オレンジと紫は斑になりやすいから
半乾きになるまで待って重ね塗りをしていく
と教わったのは今でも覚えている。
完成した看板を
トヨタ自動車ナントカ工場付近にある脇道で
設置作業もお手伝いした。
当時、そこを通るたびに
「あの看板はオレが作った!」みたいな
自慢をしていたけれど、
それが口説き文句になってオネーチャンを
ラブホに誘えたわけじゃなかった。
もうひとつ作った看板は
我が家の近所で今も存続している洋服修理屋。
35年前の看板が健在なのが嬉しい。
‥‥で、
その看板屋社長と35年ぶりに会った。
お互いにまったく見覚えがなかったけれど、
その再会は素直に嬉しかった。
今もなお元気に営業されているという。
『もうペンキ塗りなんかないよ』
『あの時に覚えた技能は今の技術に関係ない』
とおっしゃっていたけれど、
時代の流れに合わせて変化に対応し続け、
今もこうして家族経営している。
看板事業収益もありつつ、
陶芸家として名を馳せているとのこと。
趣味を超えた巨匠になっている。
ふと自分の事業を振り返った。
もう原稿用紙に鉛筆で書くことない。
割付用紙に写植や製版指定をすることもない。
けれど、制作・編集をしている。
それと同じか。
変化に対応していく
ということは事業存続のために重要だ。
だけど、飛躍していくためには、
外部環境の変化に対応しているだけでなく、
新しい価値観で考えなきゃいかん。
発信者として新しい価値を創らなきゃいかん。
新しい価値を生み出すためには
新しい視点で見渡して、
新しい行動に向かって行かなきゃ
新しい価値は生まれない。
大きくなくてもいいから、
独自の価値で生きていく。
大事なことを35年ぶりの再会で教わった。
すべてはGO ACTION!だな。